これまでの合計距離 343.12㎞
九州一周まで残り 1156.88㎞‼
今週タスキを受け取ったのは、2回目の登場となります「猫わ癒し」選手!!
第50区 走者「猫わ癒し」
「浦島バーグ」
あついあつい音がする。
柄を握る手には力がこもる。右の手におさまったフライ返しは心なしか震えている。
しかし眼には気合いの光が宿っている。
はたから見ると、まるで戦いでも始めるかの様相だ。
実際そうなのだろう。初めて挑む料理。
未知の領域に、いままさに長女は戦いを挑んでいる。
コロナ禍の影響で、学校の調理実習が中止となった。代わりに、各家庭で調理し、それを写真におさめてくるようにと、家庭科の教諭からお達しがあった。
なにを作ろう。長女は頭をかかえていた。
だが、それはあっさりと決まる。
テレビの中で、肉汁をたっぷりと滴らせるものを見て、膝を打った。
「ハンバーグ美味しそう!決めた!ハンバーグにしよ!」
長女は普段から決断が早い。失敗もおそれていないかのように、ズバッとものごとを決める。
外食に行くと、兄妹の中で最初にメニューを決めるのは、決まって長女だ。
挽肉、卵、牛乳、玉ねぎ、小麦粉、パン粉。
必要なものを買い揃え、調理を開始する。
玉ねぎをみじんに刻む。
普段、長女は包丁にはあまり触れない。だから、まな板からはリズミカルな音は聞こえない。
隣にいる家内は切り方の指導だ。
ボウルに、刻んだ玉ねぎと挽肉を一緒くたにする。次に卵を落とし、小麦粉と牛乳を加える。最後にパン粉をまぶし、ギュッと力を込め、こね始める。塩コショウも忘れない。
ほどよく混ざりあったところで、タネを丸め人数分にわける。両手の間でキャッチボールして、徐々に伸ばしていく。
空気が抜けたところで、ひとつ完成だ。これを五人分繰り返す。
熱したフライパンにタネを置いていく。焼ける音が耳に滑り込む。蓋をして、しばし待つ。蓋を開くと、たっぷりの香ばしい煙が長女を包む。
「玉手箱の煙みたい!」
「浦島バーグだな」
私がそう言うと、長女はださい、と一蹴した。
ひとつ焼きあげたことに安堵を覚えたのか、残りを焼くあいだに、サラダとおみおつけも作った。ポテトはレンチンした。なかなかの手際だった。
食卓に長女の傑作がズラリと並ぶ。
長男と次女は感嘆した。傑作の主はえへんと得意満面だ。
形はでこぼこだが、味は文句無しだった。
「これはまた食べたいな」
「じゃあ、お父さんの誕生日プレゼントは浦島バーグね!」
「なにそれ?」
訊ねる次女に、長女は内緒と笑う。
家族全員が舌鼓を打っていると、テレビからペルセウス座流星群のニュースが流れた。
「そうだ!今日だったんだ!」
傑作をかっこみ、長女はせわしく席を立つ。からだ中に虫除けスプレーをふり撒き、ベランダへ走る。
「いつもながら騒がしい子だこと」
家内がため息まじりにこぼす。
「元気が一番だよ」
「落ち着きがないだけだよ」
苦笑いする私に長男が的確につっこむ。
あれから二年近く経つ。
浦島バーグはまだ食卓を飾っていない。