「あの雲」みたいな短編小説 「風が葬る。」
2021.04.20
「あの雲」みたいな短編小説

風が葬る。

沖縄のお墓が大きいのには、物理的理由がある。かつては風葬だったからだ。子宮をカタチどったという入り口は、大人ひとりの遺体を滑り込ませることができる大きさ。入り口が漆喰で固められるのは、屍臭が漏れ出ないためだ。

「私の家の仕事は、建築屋さん。宮古島じゃね、お墓の営業や請負いも、そんな小さな建設会社がするのよ。このお墓に育ててもらったようなもの」と淀みなく似田貝洋子は、教えてくれた。

10月末の晴れた木曜日。外の気温は、26度。窓を閉め切ってドライブなど楽しめない。ちょうど良いくらいの湿り気と暑さがある。お世辞にもキレイな部類の人妻ではない。たくましい二の腕。白くて古い型のカローラの中は、少しタバコ臭かった。

 

島でいちばんのやちむんの窯へと向かう途中の道は、さとうきび畑をまっすぐ貫く。

「未だに、ここらへんは不発弾がゴロゴロしているのよ」

これもまた、お決まりのセリフのようだった。ワタシは、ただの観光客だ。艶気もクソもない。

 

「沖縄の村じゃね、その人を信用するかしないか!?は、この畑を見て決めるのよ」

雑草生え放題の畑は、さとうきびの生育が悪い。ちゃんと手入れをしている畑のさとうきびは糖度も取れ高も高い。眼前に現れて動き続ける現実こそが正解でしかない。暮らしがいつも風にさらされている。

 

「お墓まいりってするの!?」

「年に1回だけね。新年早々の旧暦1月16日だけ。ジュウルクニチー。」

「ジュウルクニチー!?」

「そう。宮古島じゃ、めったにお墓には来ないの。親戚とか、他の人のお墓にも手を合わしたりしないの」

「それで、ご先祖様は、寂しくないの!?」

「むやみにお詣りしていると、周囲のお墓の魂が寂しい想いをするじゃない!? 」

伊良部大橋のたもとあたりのさとうきび畑が次々に開発されている。

「宮古島は、いまバブルなのよね。居酒屋も深夜までお客さんがいっぱい。」

左へゆるいカーブを曲がると 光る海が見えてきた。その前には、ペンションなのか!?lリゾートホテルなのか!?建築関係者の宿舎なのか!?建築途中の箱物がお墓のように乱立している。どうせ忘れてしまうだろう中途半端に美しい風景が恨めしい。静かに心が離れてゆく。似田貝さんも、漆喰に固められたように無口になっていた。

「あの古くからあるパチンコ屋さんで、父と旦那と待ち合わせをしているの。」
なぜかしら、ちょっとだけホッとした。風が葬るのは、正解なんて言い切れない現実だな。

 

「あの雲」みたいな短編小説バックナンバーはこちら

 

文/中村修治

企画会社ペーパーカンパニーの代表取締役社長。PR会社キナックスホールディングスの取締役会長。福岡大学非常勤講師。滋賀県出身。Good不動産やJR博多シティのネーミングなども手掛けた戦略プランナー。西日本新聞「qBiz」やitMedia「BLOGOS」のコラムニスト。フェイスブックのフォロワー数は、9000人越え。

http://nakamurasyuji.com/

 

一覧へ