「あの雲」みたいな短編小説 「銀色の月。」
2021.03.18
「あの雲」みたいな短編小説

 

銀色の月。

 

満月だけが月ではない。
いつもどこか欠けているのが月である。ましてや、自分で輝いているのでもない。満月も綺麗だが、どこか欠けている月の方が好きである。そんなことを娘たちに言い忘れた。ましてや、カミさんにも、彼の娘にも、伝え忘れている。

 

 



今夜も遅くなったな。天頂に輝くのは、満月かな。少し斜め上の方が欠けているのかな。家に帰る足を引っ張る。黄金の月の引力でいつものパチンコ屋さんに寄る。早く帰りゃいいのにと思いながらも・・・。

まんまるの銀色の月を二千円分だけ、いつもの台に座る。電動で昇った月は、あっちこっちにぶつかりながら、次から次へと沈んでいく。吐き出す声も、声にならないうちに一緒に沈んでいく。

もっといいことあるかもしれない。銀色の月が、黄金の月に変わる一瞬に賭けてみたりもする。生き続ける理由の大半は、そんな淡い期待と家族が困るという現実で出来上がっていると思う。

今宵は、それでも少しだけ出玉が上回った。
銀色の月を戦利品に替えて家路につく。

黄金の月。お月様に遠慮した星空。宇宙が透けて見えている。ワタシの日々のちっさなエゴも見透かされているようだ。ちょっとだけ何処かが欠けている毎日を、こうして生きている。


かくれんぼの目的は“隠れること”ではなく、“見つかること”である。隠れているけど、見つかりたい。見つけられたときが、かくれんぼの絶頂である。

パチンコの戦利品を家族に渡した時に、「またぁ・・・」カミさんに突っ込まれる。それがまた、家族の醍醐味。

月蝕は、地球の影が主役である。欠けていくことがエンターティメントになる。

銀色の月の満ち欠けを楽しむのは、サラリーマン生活20年のワタシ。

こんな主役には、
影のある月が似合う。
満ちた月の下では。

 

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文/中村修治

企画会社ペーパーカンパニーの代表取締役社長。PR会社キナックスホールディングスの取締役会長。福岡大学非常勤講師。滋賀県出身。Good不動産やJR博多シティのネーミングなども手掛けた戦略プランナー。西日本新聞「qBiz」やitMedia「BLOGOS」のコラムニスト。フェイスブックのフォロワー数は、9000人越え。

http://nakamurasyuji.com/

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