週イチ「たまりば」No.21 天命とは、これほど凡庸なものなのか?
2021.07.14
週イチたまりば

 

 

天命とは、これほど凡庸なものなのか?

マンモグラフィーの検査では、自分のおっぱいが、マンモ向きかどうか!?がわかるらしい。空気がほどよく抜けたボールは、決して高く弾むことはないが、痛くはない。つまりはそういうこと。その痛みに耐えながら、何人かの友を癌で亡くしたことを思い出す。閉ざされた狭い移動診察車の中で挟まれているのは、おっぱいだけではない。自分の生と他者の死にサンドされている。

54歳の春、人間ドックで生まれてはじめて腫瘍マーカーなる検査を受けてみた。オプションで1万円ポッキリ。五臓六腑に腫瘍があるかどうか!?がわかる。案の定、消化器系の結果でひっかかった。腸か!?腎臓か!?胃か!?膵臓か!?肝臓か!?親父を膵臓がんで看取った身としては、少しばかり狼狽えた。その後は、3ヶ月間にわたっての精密検査の日々。詳細な検査結果が出る度に、最後通牒を覚悟した。腫瘍マーカー検査でわかったことは、腫瘍の有無だけではない。我が余命への想像力である。

闘病記を残すほど立派な人生ではない。風俗を巡る旅に出るほど残した金はない。知人にお礼を言ってまわるほど厚顔でもない。家族と一緒に死期を待てるほどいい父親でもない。恋でもはじめて駆け落ちするほど無責任でもない。きっと、何も起こらない、何も目立ったことのない、何にも紛らわすことの出来ない日常を送ることになる。何処まで行ったって、いのちの裸の現実に触れて朽ち果てていく。末期は、オムツをしながら幻覚を見て過ごす。嫁さんや娘たちに「愛している」なんて言えるわけない。親父を見習って、いっぱい糞をして、ひとつ大きく息を吸って最期を迎える。

なのにだよ!?精密検査の結果は、完全なシロ!!おいおい!白日に曝されてしまったこの余命と、ワタシはどう付き合って行けばいいのだ!?

1万円でわかったことは、天命がこれほど凡庸なものなのか?ということ。もう決して高く弾むことはない。もう何処にも辿り着かない。クソ1万円が!!

 

文/中村修治

企画会社ペーパーカンパニーの代表取締役社長。PR会社キナックスホールディングスの取締役会長。福岡大学非常勤講師。滋賀県出身。Good不動産やJR博多シティのネーミングなども手掛けた戦略プランナー。西日本新聞「qBiz」やitMedia「BLOGOS」のコラムニスト。フェイスブックのフォロワー数は、9000人越え。

http://nakamurasyuji.com/

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