失敗の宝 ~幻のPASTA&PIZZA編~第4話 「翻弄」
2021.07.08
失敗の宝

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前回までのあらすじ
専門店出店を目的とした、PASTA&PIZZAの研究。本場のイタリアに赴き調査を行ったPJメンバー3名は、帰国後試作作りに取り掛かる。試作品作りに試行錯誤を繰り返す中、2度目の渡欧の話が持ち上がる。試作品作りで得られた手応えを確信に変える為2度目のイタリア調査に向かうこととなる。

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今回の調査では、イタリア各地を回りながらPASTA&PIZZAの調査を行うだけでなく、本場のピザ窯やジェラートの機械といった、実際の営業に必要となる各種設備の調査も同時に行った。

また前年の調査時、僅かではあったが現地法人とのパイプが出来ていた。その時のつてを頼り大手商社のイタリア支社長の計らいで、実際の店舗にスタッフとして入って研修が行えることになった。研修場所はミラノのピッツェリア(ピザ専門店)である。ミラノのお店ではあったが、オーナーはナポリ出身者であった為、ピザ発祥の地、本場ナポリ風のピッツェリアであった。

期間は1週間と限られていたが、調理担当のメンバーが店舗研修を行えた事は、出店に向けて貴重な経験となった。店舗での研修を通して、営業のノウハウを目の当たりにし、一通りのオペレーションを経験できただけでなく、本場のピザ窯を使ってピザを焼き上げる工程を自ら体験できたからである。こうした研修や調査を通して、ある種の確信を持って2度目の渡欧を終えたメンバーは帰国後本格的な出店準備に移った。

 

調理担当のメンバーは今回の調査で得られた知見を基に、メニューの完成度を高める為、更なる研究を繰り返した。出店準備のメンバーは拠点を東京に移し、物件探しを行うと共に、日本市場の再調査を行った。先行のPASTA&PIZZA店のレベルを図る為、東京はもとより神奈川や埼玉等の他の関東圏まで調査範囲を広げ日本市場の知見を深めていった。その際営業法人の設立も同時に行っている。

出店に向けてチームが歩を進める中、一つの大きなそして決定的な誤算が生まれた。目星を付けていた物件の家賃が急激に上昇していたのだ。僅か1年で30%以上の上昇率であった。日本はバブル経済に突入していた。プラザ合意後の金融政策に端を発した「カネ余り」は、凄まじい勢いで株式市場になだれ込んだ。資産価格を上昇させ、日経平均株価を史上最高値まで押し上げた。そこから溢れた資金が、今度は不動産市場になだれ込み、過去に類を見ない地価高騰を巻き起こしていた。その余波に巻き込まれたのである。余波と呼ぶにはあまりにもその影響は大きかったが。

 

PJメンバー達は、初めての東京という市場、初めての業態と言う事もあり、立地を絶対的な成功条件として設定していた。主要道路に面した好立地物件を条件としていたのだ。まさにバブルによる地価高騰が直撃した物件である。望むような立地条件の物件は収益ラインに乗せることは不可能に近い家賃ばかりだった。

今になって思えば、数ブロック場所を変えるだけで、または出店エリアを見直すだけで、望みにかなう家賃の物件を探す事が出来たかもしれない。または、メニューの単価を上げ、高価格路線に転じることも検討できたかもしれない。しかしながら当時メンバー達にその選択肢は無いにも等しかった。立地に関して言えば、拠点を東京に移していたとはいえ土地勘があるわけでもなく、立地の選択肢はそれ程多くは無かった。またメニューの単価を上げて高価格帯で勝負できる程の自信は、まだ持ち合わせていなかった。そうこうしている間にも家賃相場は物凄い勢いで上昇を続けた。残された時間はあまり多くなかった。

早急にマーケティング戦略を見直し、価格帯を上げた高級路線に転じ「一か八かの勝負」に出るか?それとも出店をあきらめ「撤退」するか?メンバー達はその間で揺れ動いた。難しい判断を迫られていた。更に勢いを増して上昇を続ける家賃相場を見るにつけて、メンバー達の心情は徐々に撤退に傾き始めていく。そして世間が空前のバブル景気に沸く中、静かに撤退を決意した。

 

 

第5話「考察」に続く

 

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