失敗の宝 ~幻のPASTA&PIZZA編~第5話 「考察 戦略編」
2021.08.12
失敗の宝

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これまでのあらすじ

専門店出店を目的とした、PASTA&PIZZAの研究。本場イタリアに2度訪れ調査を行ったPJメンバー3名。帰国後出店準備を進めるも、バブルによる影響を受け、物件家賃が高騰。採算が取れないと判断したメンバーは、3年を費やしたPJに終止符を打ち撤退を決意した。

 

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考察するにあたり、撤退という決定及びその後の結果に対して“たられば”を言い出したらキリがなく、検証する事も困難な為、撤退判断自体に対しての直接的な評価は行わない。あくまでそこに至ったプロセスに焦点をあて、そのうえで戦略及び組織プロセスに対する考察を行う。尚考察はあくまでも“後付け”である為、実際の事例に対して少々飛躍した論理展開している部分も多分に含まれる。しかしながら敢えて飛躍した論理展開をすることで、事例の中に潜む本質的課題をあぶり出す事を狙いとしている。

 

 

戦略プロセス(環境・戦略・資源)

 

「環境分析」

当初の生パスタ用製麺機の販売から、専門店出店に舵を切った背景でも述べたように、当時はまだイタリアンに対する社会的認知も十分では無く、PASTA&PIZZAの専門店も珍しい存在であった。ましてや乾麺ではなく、生パスタとなるとまさにブルーオーシャンと呼べる市場であったと言えるだろう。結果としてその後訪れる“イタ飯ブーム”から考えても、市場の将来性予測は見事なものであったし、その後チェーン展開するパスタ専門店が複数現れた事、宅配サービスを中心にピザの専門店も多数現れた事を考えても、当初の目論見通りパスタやピザが日本で受け入れられ、大衆化されたと言っても異論はないはずである。そのような観点から見ると、戦略立案時の市場環境分析に関して言えば、大きな錯誤は見当たらないと言える。

 

「ポジショニング」

では戦略に関してはどうであろうか?前述した生パスタ市場を選んだことに関して言えば、現状の日本の市場を見ると生パスタの市場シェアは、乾麺に比べ低いままである。理由としては、乾麺の方が保存に適していると言う事は当然として、他にも日本を含め他国に普及したイタリアンの多くが、南イタリア料理中心であったことも関係していると考えられる。南イタリア料理は、トマトやオリーブオイル、魚介類を使った料理に特徴があるが、使用する麺は乾麺が主流であるからだ。とは言え現在では生パスタ専門の全国チェーンも存在する事から見ても、ポジショニングにおいても大きな錯誤があったとは言えないであろう。

 

「商品品質」

商品品質に関して考えてみる。本場イタリアに2度赴き、2か月に及ぶ市場調査を行ったことを考えれば、競合他社と比べても本場のPASTA&PIZZAに関する知見は深まっていたはずであり、2年以上商品開発に時間を費やしていたこと、専用の生パスタ製麺機を保有活用していた事から考えても、実際の出店は出来ていない為断定することは出来ないが、調理水準において見劣りしないレベルにあったであろう事は想像に難くない。

 

「資源(人的資源・物的資源・資金・時間・情報)」

まずは人的資源についてである。気になるのはその総数である。社内において優秀なメンバーを集めたとは言え、PJメンバーが3名というのは、いささか少なすぎる印象を与える。各種PJを目的別に分類すると次のようになる。明確な解が無い組織的課題を解決する事を目的にした課題解決型、新たな価値を創造する事を目的とした価値創造型、通常の業務の改善を目的とした業務改善型である。このように分類をした場合、今回のPJは価値創造型に属する。価値創造型のPJは、その属性からクリエイティブでフレキシブルな対応が求められる。その為、より少ない人数で組織的階層が少ないフラットな組織形態が望ましい。とは言え、人数が少なすぎると各個人に対する負担が大きくなるばかりか、判断に主観が入り込みやすくもなる。その為、客観性を担保するには最低でも5名程度は必要であると考えられる。本件においても、各人の負担は大きかったであろうし、各種判断、特に出店場所などの重要な判断を下す際に、主観が入り込む余地が少なからずあったと推測される。

 

次に物的資源と資金面についてであるが、研究開発用の厨房を持ち、当時日本に数台しか無かったとされる、本場イタリア製の生パスタ用製麺機を保有活用できていた環境を考えれば、物的資源に不足があったとは言えないであろうし、本場イタリアに2度渡欧し計2か月にわたる調査に要した資金は、十分なものであると言えよう。

では情報に関してはどうであろうか?前述したように本場のPASTA&PIZZAに対する知見に関しては、競合他社に対し少なからず優位性を持っていたと考えられる。しかしながら、出店場所と目星をつけていた東京の立地環境に関する情報について言えば、拠点を東京に移した後も、情報は量的・質的ともに劣っていたのは否めない。これが結果として出店候補地の選択肢を狭くし、出店判断を難しくした原因の一つであると言える。

最後に時間に関してである。約3年という時間を費やしている事を考えれば、リソースとしての時間は十分に投入していると言える。メンバー達は時間をかけ徹底して調査と研究を行っている。しかしながらそこに盲点がある。

リソースとしての時間をかければかけるほど、
機会としての時間は失われていくのである。

 

確かに時間をかければ品質は高める事が出来る。しかしながら品質が高まった商品が価値を生み売れる環境であるかどうかはまた別の問題であると言う事だ。そして品質は自ら改善し続ける事が出来るが、機会は二度と取り戻す事が出来ないのである。本件においても、戦略を起案し調査と研究に時間をかけている間に、日本はバブル経済に突入していた。出店予定地としていた東京都心部の家賃は急激に高騰し採算が取れる目途が立たなくなり、出店を断念するに至っている。正に機を逸したわけである。

 

第6話「考察 組織編」に続く

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