失敗の宝 ~幻のPASTA&PIZZA編~第6話 「考察 組織編」
2021.09.02
失敗の宝

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これまでのあらすじ

専門店出店を目的とした、PASTA&PIZZAの研究。本場イタリアに2度訪れ調査を行ったPJメンバー3名。帰国後出店準備を進めるも、バブルによる影響を受け、物件家賃が高騰。採算が取れないと判断したメンバーは、3年を費やしたPJに終止符を打ち撤退を決意した。

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組織プロセス

ここからは組織面について考察する。
戦略面での考察で指摘したように、戦略面において幾つかの錯誤があったのは事実であろう。しかしながら営業を続けていく事は連続する錯誤を乗り越えていく事でもある。いかに錯誤の数を減らすか、または成果に及ぼす影響を小さくするかは組織的側面に依存する。組織形態については前述したとおり価値創造型で、若干の人数不足があった点を除けば、メンバーそれぞれの能力は高く、フレキシブルな対応が可能な組織階層が少ない形態であった。

では組織風土はどうであろうか?本来ひぐちグループは挑戦することを是とし、それにより生まれる失敗に対しては、許容が広い会社である。しかしながら本件については、どこか失敗できない空気が社内で醸成されていたように思われる。これにはいくつかの要因が考えられる。一つはPJの秘匿性が高い事にある。そもそもPJというものは秘匿性が高いものであるがPJ人数が3人と関わりを持つ者も少なく、更に秘匿性が高いものになってしまっていた。そこに2度にわたるイタリア渡航である。当事者からすれば出店する為に必然性の高い渡航であっても、目的を知らない者からすれば必要性の見えない海外研修に映っていた可能性がある。その認識に対するギャップが、社内に失敗できない空気を生む土壌を作っていた可能性が高い。

 

二つ目はメンバー自身が過去の県外飲食店出店時に非常に苦しんだ経験をしていた事だ。本件の数年前、ひぐちグループ初の県外飲食店出店をメンバー達は経験していた。その時業態が違う飲食店2店舗を出店したわけだが、その内の1店舗は僅か1年と経たず閉店を迎えている。もう一方の店舗も当初は計画とのギャップが大きく、開店2日目にしてパート数を半減させる決定をしなければいけないほどの厳しい船出であった。開店に向け一緒に力を合わせて準備を進めてきたパートさん一人一人に対して、辞めてもらう旨を話をしていく事は、まだ若かったメンバーにとって、初めて経験する心の痛む仕事だった。そのうちお店の認知度が少しずつ上がり始め、徐々に客足も伸びだしたとはいえ、結果的に軌道に乗せるのに数年を費やしている。そういった苦く苦しい経験から、PJメンバー内においても本件は絶対に失敗はできないという重い空気が占めていた。

 

三つ目は、同時期に複数のパチンコ店の出店準備をしていた事が影響したと考えられる。現在ほどではないにしろ、パチンコ店の新規出店は非常に投資がかかる案件である。その事はメンバー達も重々承知の事であり、そう言った案件が同時に複数進行しているという状況もメンバー達に過度なプレッシャーを与える要因となっていたであろう。そういった空気は様々なプロセスや判断に対して少なくない影響を与えるものである。事実として、本件の商品開発にしても物件選定においても、その開発プロセスや設定基準からメンバー達が必要以上に慎重になっていた事がうかがえる。当然の事ながら成功確率を高める為に、一定以上の慎重さは絶対的に必要な要素である。しかしながら、度を超えた慎重さはリスクマネジメントの観点から考えても、リスク回避と同義となりかねない。

 

リスクマネジメントには「回避」「軽減」「転嫁」「受容」の4つの選択肢があると言われている。リスク回避とはリスクの発生可能性が高く、与える影響が大きいと考えられる場合にとる選択肢である。リスクが発生する要因を取りやめる、またはまったく別の方法に変更することを意味する。本件でいえば最終的な撤退判断がこれにあたる。これに対しリスク軽減はリスクの発生要因やその影響度を正しく認識し、発現可能性を下げるまたは、影響度下げるために手段を講じることを意味する。本件でいえば出店場所を見直す、販売価格を見直す、出店時期を早める、パイロット店舗の出店などが検討出来たであろう。リスク受容とは、将来的に発生するであろうリスクを認識したうえで、リスク発生後のコンティンジェンシープラン、例えば他業態への転用や売却の準備などをいう。所謂出口戦略がこれにあたる。リスク転嫁とは、発生可能性があるリスクに対して、保険や外部のリソースを利用して、それが与える影響を他の場所に移すことを意味する。このようにリスクマネジメントは多岐にわたるわけだが、本件においてはリスク回避に思考が偏っていた形跡がある。これは本件において、失敗できない空気が判断に大きく影響を与えていた証左であるといえる。

 

第7話「学び」に続く

 

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