週イチ「たまりば」No.38 “ざわざわ”するのだよ。
2021.11.10
週イチたまりば

 

 

“ざわざわ”するのだよ。

居酒屋のトイレなんかに飾ってある「にんげんだもの」的な謹言にざわざわする。
そんな居酒屋に限ってやたらと声がデカいことに、さらに、ざわざわする。

震災とか豪雨とかの復興を願ってやっているボランティア主導のアートイベントとかにざわざわする。あっ!?あの千羽鶴ってやつにも、なんかしらんがざわざわする。

子供を「子ども」と表記しないと怒るような人に、狂おしいほど、ざわざわする。

話せばわかるって頑として譲らないオッさんにも、ざわざわする。いやっ!!殴りたくなる。

アカデミックなことを知っていることが教養だという風の紳士とやらにも、ざわざわする。

キャバクラでしこたま飲みながら、急に、その娘に説教をはじめるような厚顔無恥に、ざわざわする。

こういうことを書いて発表すると、なんかわけわからん批判のメッセージを書いてくる人に、ざわざわする。意見として有難く受ける。できる限りちゃんとお返事もする。

しかしである。良くもまぁ、会ったことも、ご飯を一緒にしたこともない人を、これだけ貶められるなぁみたいな批判がある。世に生まれてくるもののすべてに敬意を持ってこそ仕事人である。それがどんなにクソであっても、クソみそ言う前に、そのクソの上を行く発信をすることが仕事人のすることであると考えている。

批判や批評で世の中は、変わらない。発信されたもの。創られたもの。それだけが、世の中を変えるチカラを持つ。ましてや好き嫌いの感情の込められた罵詈雑言に何の役割もない。

度を超えた批判や批評は、文化自体を曇らせていく。希望や敬意のない批評は、クソである。他人を批判するのであれば、せめてそれは敬意の込められた美文でなくてはいけない。そうココロしている。

ざわざわしたなら、ざわざわした以上のアウトプットで以って答えとするべきなのである。だから、ワタシは、こうやって書いている。にんげんだものと云えば、なんでもオッケー。アートと云えば、ゴミでもアート。にんげんだもの、みんなそこまでフトコロは深くないよなぁ!?と書き続けているわけである。ざわざわしたならなぁ!?わかった!?

 

 

文/中村修治

企画会社ペーパーカンパニーの代表取締役社長。PR会社キナックスホールディングスの取締役会長。福岡大学非常勤講師。滋賀県出身。Good不動産やJR博多シティのネーミングなども手掛けた戦略プランナー。西日本新聞「qBiz」やitMedia「BLOGOS」のコラムニスト。フェイスブックのフォロワー数は、9000人越え。

http://nakamurasyuji.com/

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