
ひぐちグループで働くヒグチ人をプロライターが深堀りする新企画!
プロが綴る、働く仲間の新たな一面とは?
それぞれの「想い」を知り、繋がりを感じるコラム集。
PEOPLE 42|パンナコッタさん
『がちゃんぽんガチャガチャ。』

パンナコッタさんは、人生をあまり深刻に考えていないと言う。
それホントか!?
進学校へ行った。成績も悪くなかった。大学にも進学した。だが、一年で辞めた。理由はシンプルだ。「つまんなかったから」。潔い。やりたいこともなかった。夢もなかった。だから英語でもやっとけば、なんとかなるかなと思った。しかし、なんともならなかった。そこで辞めた。そして働いた。キャディもした。惣菜も売った。気づけば、ひぐちグループにいた。人生、だいたいそんな感じであると言う。
それって、ホントにホントか!?
パンナコッタさんは、こんなことも言う。「一人が好き」。友達と群れない。部活もしない。推し活も一人。推しのライブも一人。大阪でも福岡でも、平気で一人で行く。それを寂しいと思っていない。むしろ快適らしい。休みの日は、寝る。起きる。携帯を見る。また寝る。理想の休日である。
それって、それって、ホントに本心か!?
パンナコッタさんには、三人の子どもがいる。学校が嫌なら?「行かなくてもいいんじゃない?」。いじめられたら?「自分で回避する方法を考えなさい」。冷たいわけではない。むしろ逆だ。人は、思い通りにはならないことを知っているのだ。それは、自分自身の人生で、嫌というほど学んだからだろう!?
実際、パンナコッタさんの人生には、なかなか派手な出来事も起きている。だが、今となっては、それすら「そういうガチャもあった」くらいの温度感。下の子に無理やり言わない。上司にも必要以上にぶつからない。変わらない人は変わらない。だったら、自分が動けばいい。実に合理的である。そして夜になると、推しの動画を見る。
運もある。ハズレもある。当たりもある。ガチャポンがちゃがちゃの人生訓。なのにだよ…パンナコッタさんの“ありがとうございます。最後泣いちゃいました。”でインタビューが終わっちゃったよ。
ワタシの頭と心が、もう、がちゃがちゃだよ。笑
文/中村修治
有限会社ペーパーカンパニー 代表取締役社長。
1962年近江の地で生まれる。1986年に立命館大学を卒業。1989年にバブルの泡に乗って来福。1994年に㈲ペーパーカンパニーを設立し独立。福岡に企画会社など存在もしなかった頃から30年以上も最前線で生きているプランナー。「JR博多シティ」のネーミングや「テレQ」のCIなどが代表的なお仕事。コラムニストとしても多誌で執筆。福岡大学の非常勤講師も務める。
ひぐちグループとの関係は創業65周年の時から。以降、ひぐちグループの新CIの開発の総合ディレクションを契機に、週イチたまりばの投稿は、200本に及んでいる。









